はじめに|ゴールキーパーを取り巻く日本水球界の現状
日本水球界では、ゴールキーパー(以下GK)専門の指導者が十分に養成・配置されているとは言えません。その結果、一部の水球伝統校や強豪クラブ以外の中学生・高校生のGKの多くが、「正解がわからないまま」「見よう見まねで」プレーしている現状があると見聞きします。
ハイパフォーマンス志向の水球の試合において、GKのプレーのクオリティは勝敗に直結します。赤いキャップを被り、自陣ゴール前のエリアで両手を使える唯一の水球プレーヤーであるGKは、単にシュートを止める存在ではありません。ゴール前で得点機会を阻止し、最後列から戦況を把握し、組織的な守備をリードし、さらに攻撃の起点となり、**「フィールド内の監督」**としてチームを機能させる存在です。
ハイレベル・ハイスペックなGKは、水球の魅力や醍醐味を増幅してくれる水球発展のキーパーソン。
本記事は、ゴールキーパーコーチが身近にいない中学生、高校生GK、そしてGK育成に悩む指導者・クラブ関係者に向けた「ゴールキーパー成長のための思考整理ガイド」です。

ゴールキーパーの役割は、多岐にわたります。
• 最後列で得点機会を阻止する
• 攻撃権を奪い返すための守備行動を指示する
• 得点、得点機会を創出する
• フィールド内の監督としてゲームをコントロールする
唯一両手を使える特別な存在として失点を防ぎ、ボールを奪い返す。カウンターアタックの起点として、シュートから逆算した配球を行う。攻守にわたるリーダーであり、試合の流れを変えるゲームチェンジャー。
GKは「最後にいる人」ではなく、**「最初にゲームを読む人」**です。
水球のゲームは、常に次の4つの局面が連続しています。
• 攻撃:ボールを保持し、得点機会を創出。
• 守備:得点機会を阻止し、ボールを奪還する。
• 攻撃から守備への転換
• 守備から攻撃への転換
ゴールキーパーは、この4局面すべてに関与します。注目していただきたいのは、「転換」の瞬間です。
シュートを止めた直後、ボールを奪い返した直後、ボールが奪われた直後……。
GKの判断一つで、試合の流れは大きく変わります。
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ゴールキーパーに必要な泳法技術は、速く、長い距離を泳ぐためのものではありません。
**「構える」「浮き続ける」「瞬時に反応する」**ための泳法です。
水球GKにとって重要となるのが、** 「立体泳法・平体泳法・横体泳法(日本泳法)」**です。
姿勢
体を水面に対して垂直に保ち、頭部を水面上に出す。常にフィールドの状況を把握できる姿勢を作る。
足の動き
• 踏み足・巻き足(エッグビーター)
両足を交互に動かし、足の裏で水を踏むようにして浮き続ける。
• あおり足
両足を同時に動かし、片足は足の裏で踏み、もう片方の足は足の甲で水を蹴る。
手(腕)の動き
バランスを取りながらスカーリングを行い、上半身を安定させる。
目的
• その場に浮き続ける(静止)
• ゴール前で構え続ける
• ポジションの修正する
👉 ゴールキーパーの基本姿勢を支える中核技術
姿勢
体をうつぶせ(伏せた状態)にし、顔を上げて正面を見る。
動作
手で水をかく動作と、足で水を蹴る動作(あおり足)を組み合わせる。
推進力
力強い足の動きによって推進力を得て、水面に大きな波を立てず、伸びるように進む。
用途
水軍の兵法や遠泳にも使われてきた泳法で、静かに、かつ効率よく移動することを得意とする。
👉 6mエリア内の移動、クロス対応、ポジション修正に有効
横体泳法は、体を横向きにして泳ぐ日本古来の泳法で、「のし」とも呼ばれています。
甲冑を着た状態での泳ぎや、水中での戦闘術として発達し、武士のたしなみとして重んじられてきました。
姿勢
体を横向きにし、頭部をわずかにひねって顔を水面に出す。視野を確保したまま、周囲の状況を把握できる姿勢を保つ。
腕の動き
• 下側の腕:頭上へまっすぐ伸ばし、手のひらを上向きにして戻す
• 上側の腕:胸元から足元へ向かって水を押し、大きく回して水をかく
足の動き
「あおり足」と呼ばれる動作で、膝を引きつけてから前後に大きく開き、水をはさむようにして推進力を得る。
呼吸
顔を水面に出したまま泳ぐため、呼吸がしやすく、長時間の安定した動作が可能。
歴史的背景
横体泳法は、水府流をはじめとする日本泳法に受け継がれ、着衣水泳や水中での格闘技術(武術)として発展してきました。
👉 6mエリアで移動しながら視野を失わないための泳法
水球ゴールキーパーは、視野を確保しながら横・後方に動く場面が非常に多くあります。
• ポスト間の移動
• クロスボールへの対応
• シューターとの間合い調整
• ゴール前での位置修正
横体泳法は、視野を保ち、安定して横、斜め、後方移動、方向転換する際などで極めて合理的な泳です。
現代水球のGK動作の中に、日本古来の泳法の知恵が、自然な形で息づいているとも言えるでしょう。
ゴールキーパーの泳法は、競泳のような「直線的に、一定の距離を泳ぐ技術」ではなく、判断の伴うプレーを成立させるための土台です。
• 立体泳法で構え、待ち、反応する
• 平体泳法で動き、詰め、間合いを調整する
• 横体泳法で斜めや横移動、後退を行いながらポジショニングを整える
この3つを使い分けることで、ゴール前での安定感と判断の余裕が生まれます。
GKにとって、ボール操作は守備であり、同時に攻撃です。
• ホールド(グリップ):ボールをつかむ
• ピックアップ:水面からボールを拾い上げる
• スロー:多種多様な球種や距離を正確かつ適したタイミングや速度で投げる
• キャッチ:向かってくるボールを確実に受ける
• キャリー:状況に応じてボールを運ぶ
GKのスローは、チーム最初の攻撃プレーです。
ゴールキーパーの基本姿勢は、すべての動作の土台です。
• 漕ぎ手(スカーリング)
• 巻き足(エッグビーター)
あらゆる状況に対応できる、安定した構えを常に作ること。基本姿勢から、瞬時にシュート対応へ移行できる準備が重要です。
ポジショニングの基本は、
**「ボールと左右ポストを結んだ三角形」**を意識することです。
前に詰めれば左右は埋まりますが、バーと頭上の空間が生まれます。下がればバーの空間は守れますが、左右が空きます。
GKが、正しいポジションを取れるかどうかで、失点の確率は大きく変わります。

• シュートストップ(基本対応)
ゴールに向かってくるシュートを阻止。または味方との連携や、シューターとの駆け引きで意図したコースにシュートを誘導。
• ディフレクティング(コースを変える)
強烈なシュートや難しいコースのボールを、手のひらや指先ではじき、意図的にコースを変える。
• ブロック(間合いを詰める)
シューターとの間合いを詰め、至近距離で停止し、身体や腕、手を使って得点機会を阻止する。
• クロス対応(1番・5番からの配球)
サイド(1番や5番)からのクロスに対し、「観る → 予測 → 判断 → 実行」のサイクルで、高い打点で、前に出てボールを奪う、または安全に処理する。
GKのシュート
ボール奪還後、相手ゴールが空いている瞬間を見逃さず、得点を狙う。
カウンターパス
守攻転換・反撃機会(カウンターアタック)時では、相手守備が整う前に素早くシュートにつながるパスを供給する。
フロントパス
相手陣内に侵入するために効果的な前線へのパスを配球。相手の背後が狙えない場合、相手守備選手のマークを受けつつもインターセプトやスチールができないポイントにパスを配球。
GKは守るだけでなく、攻撃のスイッチを入れる存在です。
コーチング
最後列から全体を見渡し、情報を伝え、声でチームを動かす。
メンタル
失点やミスを引きずらず、試合終了まで集中を切らさない。
身体づくり
水上姿勢の維持、反応速度、多種多様な動き、瞬間的な移動、急停止、。
GKはフィールドの監督。試合を「読む力」は、日頃の分析習慣から養われます。
ゴールキーパーは、特別な役割を担う存在です。そして、時に孤独なポジションです。チームでも、フィールドプレーヤーのトレーニングに比べゴールキーパーのためのトレーニングが重要視されていないチームのあるかもしれません。それでも、自分の成長を諦めないでください。自分を見つめ、考えることで、そして学ぶことで、必ず成長できます。
このガイドが、
• 中学生・高校生GKが自分の役割を理解するきっかけとなり
• 地域やクラブの強化担当者がGK育成について語り合う土台となり
• 監督、コーチに、6人+GK1人の水球ではなく、7人で1チームの戦術が広がり、
• 日本水球界に、ゴールキーパー文化が根付いていくその第一歩になることを願っています。
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みなさんの現場では、ゴールキーパーはどのように育成されていますか?
ゴールキーパーご本人の悩みや工夫、指導現場での取り組みなども、ぜひコメントで教えてください。
この記事が、水球ゴールキーパーの育成の対話につながることを期待しています。
「競技者本来の力を引き出す」ためにを理念に、グローバルシーンで実績を残している様々な競技のトップアスリートや競技団体のマネジメントやディレクションで培った「競技力向上のための組織づくり」をはじめ、社会にスポーツが持つ有益な効果を生み出すためにスポーツシステムコーディネーター、スポーツプロデューサー、プロジェクトコンサルタントとして、次世代ニーズを見据えた魅力ある競技スポーツシーンの創出に努めている。
KAKU SPORTS OFFICEは、「アスリート思考で心豊かな社会を創造する」をモットーに、競技スポーツに関わる個人・企業・団体の活動や事業を、的確な視点で分析します。そして、言語・文化・音楽・映像・活字といった多様な“シンボル”を活用し、人と人、組織と組織、企業と企業、人と組織・企業といったあらゆるつながりの中から、最大の相乗効果を生み出す組み合わせをコーディネート。新たな利益システムを構築するコミュニケーションコーディネーターとして活動しています。また、創業者・企画者としての精神をもとに、理念や目的を共有できるパートナーの育成や、持続的かつ自走可能な組織づくりを支援するシステムコーディネーターとしても貢献。さらに、競技者一人ひとりが本来持つ力を引き出すメンターとして、競技スポーツの発展にも寄与しています。